2017/04/29 (Sat)
5年。その月日が長いか短いかは、人それぞれだと思う。私にとってどうだったかと聞かれれば、短くはなかった、というところだ。周りと対比すると決して長くはない、しかし私自身にとって、短いと言い切れるほどでもない。短い、という言葉で片づけるには濃密すぎた、全力で駆け抜けてきた5年間。今思うと妥当な年月であったのではないのかと、そう思うのは自分を納得させたいがための思考なのかもしれないが、少なくとも後悔はしていなかった。
5年。紅秀麗に続き、2人目の女性官吏。彼女の後を追い御史へと上り詰めた私が退職するまでの年月。
「まるで腑抜けだな」
「…はぁ、まぁ」
久しぶりに顔を合わせた葵長官は、以前と変わらぬ堅い顔でそう告げた。きっと彼は今も変わらず、この無表情で冷酷に書簡に印を押し署名をし、残酷な判断を下しているのだろうなと思う。私がいた頃と、何ら変わらずに。葵長官はこの先もきっとずっと変わらないのだろう、いや、変わらないでいて欲しいと思っている。そんなことを思う自分に少し呆れるが、だからこそ私は現役時代、彼を仰ぎ、彼の姿を追っていた。
冷めてしまう前にとお茶を勧めると、葵長官は黙ったまま茶器を手に取った。それを追うように私も温かいお茶で喉を潤す。現役の頃は彼の前に立つと何を言われるのかとビクビクしていたものの、今は不思議と緊張を感じない。それはひとえに、葵長官が個人的に私を訪ねて来ているからというだけではないような気がした。いつだったか、現役の頃にも葵長官が私の邸に訪ねてきたことがあったが、その時は心臓が口から飛び出るかと思うほど緊張し挙動不審だったことを覚えている。
あの頃とは場所も、そして立場も違うのだから、人生とは不思議なものだなぁとぼんやり思いを巡らせる。まぁ、私と元上司元部下という他人になったにもかかわらず、こうして再び訪ねてきた葵長官こそ何を考えているのか分からないのだが。人生の不思議はどんどん増えていく。例えば、葵長官が急に訪ねてきたにも関わらず何も話さない、とか。
「…厭味を言うためにわざわざ来てくださったんですか」
「そんなわけあるか」
「…ですよね」
軽く息を吐き、まぁ私には時間は余るほどあるのでいいんですけど、と心の中で付け加える。退職してからは特に働きもせず、好きなことをして過ごしていた。読書をしたり散歩に出かけたり、縫物をしたり。もちろん食材の買い出しや掃除も。少し前までは想像もつかないほど、余裕のある暮らしだ。
最初はその落差に戸惑ったものの、ひとつ季節を巡るころにはその生活に違和感を覚えない自分がいて、こんな生活も悪くはないと納得しているのだからほとほと自分の順応性には呆れたものである。先ほど葵長官に言われた「腑抜け」という言葉にも反論できずにいるのはそのためだ。
自分自身がどう思っていようと、以前の私を知っている周りから見れば、この状況をそう例えられるのも無理がないと理解していた。まぁ、腑抜け生活も悪いもんじゃないですよ、とは今の葵長官には言えたものではないが。彼ほど日々目まぐるしく生きている人を、私は知らない。
「秀麗さんは、お元気ですか」
「私から情報を得ようとするな。自分で聞け」
「…厳しいですね。まぁ、元気なら、いいんです。あ、宰相位、おめでとうございます。国試組が大泣きですね、氷の長官・葵皇毅がついに宰相。この世のオワリです」
「…1年も前の話だ。しかも祝う気ないだろう」
「あります、ありますよ。…なかなか連絡を差し上げず、申し訳ありませんでした。お祝いの文も…出さなくて、すみません。訪ねて来てくださって嬉しいです、ありがとうございます」
「後ろめたさはなくなったか」
「……わりと」
苦笑して、再び茶器を手に取った。正面に坐る葵長官の、無表情の中ににじませる意地の悪い笑みを読み取れるのだから、私もまだまだいけるなと現役の頃を懐かしく思う。
後ろめたさ。全くなくなったと言えば嘘になる。今も心の奥底に、かすかに残る思い。季節の便りも、葵長官が宰相になったと耳にしたときの祝いの言葉も、送れずにいたのがその証拠だ。
史上2人目の女性官吏。最初は戸部に配属されが、後に紅秀麗に続き、御史台へ異動。良くも悪くも、私が朝廷の噂の話題に上ったのは1度や2度のことではない。その中でも誹謗中傷が過半数を占めたが、希望や期待を持たれることも少なくはなかった。新進気鋭の女性官吏。若い世代や、国試派の官吏からは、よく励ましの言葉をいただいたものだ。
だが、そんな私が5年で退官。朝廷からの退官の圧力をものともせず、精力的に仕事をしている紅秀麗を差し置いて。私の退官後、朝廷でどのような噂話が飛び交ったのか、朝廷で関わりのあった人物とずっと距離を置いてきた私は知る由がない。ただ、想像には難くなかった。酷い言われようを覚悟の上の、退官だった。これまでお世話になった、数多くの方々にも迷惑をかけることも分かっていた。
後悔はしていない。今の生活を失いたくもない。しかし、他にもっとやりようがあったのではないかと、たまに思うことはある。だが、今更何を思ってもどうしようもない。振り返らずに前を見続けることは難しいが、そう在りたいと思う。
「幸せですよ。大声で葵長官に自慢したいくらいには」
「…ほう?」
「うふ、いいもんですよ、家庭を守るっていうのも。葵長官もご結婚されてはどうですか?…いや何でもないです」
ウキウキしながら告げた言葉にじろりと冷ややかな視線を向けられ、口をつぐむ。本心なのに。葵長官は茶器に残っていたお茶を飲み干し、席を立った。彼好みに濃い目に淹れたこと、口には出さないがきっと気付いているに違いない。
「にしても今日は本当にどうしたんですか?まさか本当に私の腑抜け具合を確かめに来たんですか?」
「そうだ」
「…いや絶対嘘ですよね。まぁ、なんでもいいですけど…」
真顔で即答された返事を素直に信じることができない。まるで自分の邸のように廊下を闊歩する葵長官の後ろを歩きながら、この感覚が懐かしくて、にんまりと笑みを漏らした。あの頃とは立場が全く異なるが、やはり、彼の背中を追うことは私の幸福のひとつらしい。
軒に乗る直前、彼は私を振り返り、「清雅に」とだけ告げて一枚の文を差し出した。なんだ、これが本題か。
「分かりました。では、お元気で」
「あぁ」
葵長官が乗った軒を見送りながら、少し分厚い文が風で飛んでいかないように握りしめる。藍州へ行っていた彼が、貴陽で一番最初に立ち寄る場所がここであると、葵長官は読んでいるのだ。つまり、もうすぐこの邸の主人がここに帰ってくる。
「…相変わらず、素直じゃないなぁ」
葵長官も、清雅も。思わず浮かべてしまう笑みを抑えきれないまま、私は手紙を袂に仕舞った。戻って出迎えの準備をしなくてはと、邸に戻りつつ頭の中でこれからの算段を組んでいると、遠くから馬の走る音が聞こえる。半年ぶりに聞く、彼の愛馬の蹄の音に、葵長官はどこまで計算していたのかと目を丸くしつつ振り返った。
「…お前、外で何してるんだ?」
「ちょっとね。…おかえり、清雅」
「ただいま」

今日は晴れ時々雨って予報だったんですが、朝起きたら太陽サンサンだったので洗濯機2回まわして毛布も洗って外に干してたんですが、ゴロゴロ雷の音が聞こえてヤバッと思って洗濯物取り込んだら2分後くらいから大雨が降り始めました。セーフ。
最近、昔にブームになったアニメを見ています。時間に余裕があるので。ユーリとかタイバニとか。一風を巻き起こしたオリジナルアニメってやっぱりすごいなーという小並な感想…。笑 マンガや小説が原作のアニメじゃなくて、オリジナルのアニメが話題になるとなんだか嬉しい気がします。日本のアニメーションはまだまだいけるぞ!っていう気がして。映画でも、アニメーション映画をよく観るんですが、良いオリジナルアニメーション映画に出会う度にそう思います。世界に誇れる日本のアニメがずっともっと成長していくといいなー。
あと、最近読書もするようになりました。遅ればせながら、又吉の第二作目や綿矢りさの芥川賞受賞作を読んだり、小川洋子さん、森絵都さんを読んだり。感動したのは森絵都さんの直木賞受賞作。9年前に一度読んだ覚えがあるのですが、もう一度読んでみたらすっっっごく感動して、そしてびっくりしました。こんなに良い本だったんだ、って。最近、昔読んで面白かった本を読み直してみたら面白くなかった、っていうことが多かったので、とても嬉しいです。昔は特に思い入れがなかったのに、今読んだらこんなにも感動したっていうことが。やっぱり読書は楽しいなぁと思います。スマホばっかりいじってるのよくないな~と思いつつ、スマホないと生きていけないのですが…まぁほどほどにして読書したいです。笑 今だけじゃなくて続くようにしたい。
朝から久しぶりに彩雲国夢書いてたんですが、落としどころが見つからなくなったのと、これ誰夢?ってなったのでここに供養…。仕事と結婚の話、のようなそうでもないような。
最近、昔にブームになったアニメを見ています。時間に余裕があるので。ユーリとかタイバニとか。一風を巻き起こしたオリジナルアニメってやっぱりすごいなーという小並な感想…。笑 マンガや小説が原作のアニメじゃなくて、オリジナルのアニメが話題になるとなんだか嬉しい気がします。日本のアニメーションはまだまだいけるぞ!っていう気がして。映画でも、アニメーション映画をよく観るんですが、良いオリジナルアニメーション映画に出会う度にそう思います。世界に誇れる日本のアニメがずっともっと成長していくといいなー。
あと、最近読書もするようになりました。遅ればせながら、又吉の第二作目や綿矢りさの芥川賞受賞作を読んだり、小川洋子さん、森絵都さんを読んだり。感動したのは森絵都さんの直木賞受賞作。9年前に一度読んだ覚えがあるのですが、もう一度読んでみたらすっっっごく感動して、そしてびっくりしました。こんなに良い本だったんだ、って。最近、昔読んで面白かった本を読み直してみたら面白くなかった、っていうことが多かったので、とても嬉しいです。昔は特に思い入れがなかったのに、今読んだらこんなにも感動したっていうことが。やっぱり読書は楽しいなぁと思います。スマホばっかりいじってるのよくないな~と思いつつ、スマホないと生きていけないのですが…まぁほどほどにして読書したいです。笑 今だけじゃなくて続くようにしたい。
朝から久しぶりに彩雲国夢書いてたんですが、落としどころが見つからなくなったのと、これ誰夢?ってなったのでここに供養…。仕事と結婚の話、のようなそうでもないような。
5年。その月日が長いか短いかは、人それぞれだと思う。私にとってどうだったかと聞かれれば、短くはなかった、というところだ。周りと対比すると決して長くはない、しかし私自身にとって、短いと言い切れるほどでもない。短い、という言葉で片づけるには濃密すぎた、全力で駆け抜けてきた5年間。今思うと妥当な年月であったのではないのかと、そう思うのは自分を納得させたいがための思考なのかもしれないが、少なくとも後悔はしていなかった。
5年。紅秀麗に続き、2人目の女性官吏。彼女の後を追い御史へと上り詰めた私が退職するまでの年月。
「まるで腑抜けだな」
「…はぁ、まぁ」
久しぶりに顔を合わせた葵長官は、以前と変わらぬ堅い顔でそう告げた。きっと彼は今も変わらず、この無表情で冷酷に書簡に印を押し署名をし、残酷な判断を下しているのだろうなと思う。私がいた頃と、何ら変わらずに。葵長官はこの先もきっとずっと変わらないのだろう、いや、変わらないでいて欲しいと思っている。そんなことを思う自分に少し呆れるが、だからこそ私は現役時代、彼を仰ぎ、彼の姿を追っていた。
冷めてしまう前にとお茶を勧めると、葵長官は黙ったまま茶器を手に取った。それを追うように私も温かいお茶で喉を潤す。現役の頃は彼の前に立つと何を言われるのかとビクビクしていたものの、今は不思議と緊張を感じない。それはひとえに、葵長官が個人的に私を訪ねて来ているからというだけではないような気がした。いつだったか、現役の頃にも葵長官が私の邸に訪ねてきたことがあったが、その時は心臓が口から飛び出るかと思うほど緊張し挙動不審だったことを覚えている。
あの頃とは場所も、そして立場も違うのだから、人生とは不思議なものだなぁとぼんやり思いを巡らせる。まぁ、私と元上司元部下という他人になったにもかかわらず、こうして再び訪ねてきた葵長官こそ何を考えているのか分からないのだが。人生の不思議はどんどん増えていく。例えば、葵長官が急に訪ねてきたにも関わらず何も話さない、とか。
「…厭味を言うためにわざわざ来てくださったんですか」
「そんなわけあるか」
「…ですよね」
軽く息を吐き、まぁ私には時間は余るほどあるのでいいんですけど、と心の中で付け加える。退職してからは特に働きもせず、好きなことをして過ごしていた。読書をしたり散歩に出かけたり、縫物をしたり。もちろん食材の買い出しや掃除も。少し前までは想像もつかないほど、余裕のある暮らしだ。
最初はその落差に戸惑ったものの、ひとつ季節を巡るころにはその生活に違和感を覚えない自分がいて、こんな生活も悪くはないと納得しているのだからほとほと自分の順応性には呆れたものである。先ほど葵長官に言われた「腑抜け」という言葉にも反論できずにいるのはそのためだ。
自分自身がどう思っていようと、以前の私を知っている周りから見れば、この状況をそう例えられるのも無理がないと理解していた。まぁ、腑抜け生活も悪いもんじゃないですよ、とは今の葵長官には言えたものではないが。彼ほど日々目まぐるしく生きている人を、私は知らない。
「秀麗さんは、お元気ですか」
「私から情報を得ようとするな。自分で聞け」
「…厳しいですね。まぁ、元気なら、いいんです。あ、宰相位、おめでとうございます。国試組が大泣きですね、氷の長官・葵皇毅がついに宰相。この世のオワリです」
「…1年も前の話だ。しかも祝う気ないだろう」
「あります、ありますよ。…なかなか連絡を差し上げず、申し訳ありませんでした。お祝いの文も…出さなくて、すみません。訪ねて来てくださって嬉しいです、ありがとうございます」
「後ろめたさはなくなったか」
「……わりと」
苦笑して、再び茶器を手に取った。正面に坐る葵長官の、無表情の中ににじませる意地の悪い笑みを読み取れるのだから、私もまだまだいけるなと現役の頃を懐かしく思う。
後ろめたさ。全くなくなったと言えば嘘になる。今も心の奥底に、かすかに残る思い。季節の便りも、葵長官が宰相になったと耳にしたときの祝いの言葉も、送れずにいたのがその証拠だ。
史上2人目の女性官吏。最初は戸部に配属されが、後に紅秀麗に続き、御史台へ異動。良くも悪くも、私が朝廷の噂の話題に上ったのは1度や2度のことではない。その中でも誹謗中傷が過半数を占めたが、希望や期待を持たれることも少なくはなかった。新進気鋭の女性官吏。若い世代や、国試派の官吏からは、よく励ましの言葉をいただいたものだ。
だが、そんな私が5年で退官。朝廷からの退官の圧力をものともせず、精力的に仕事をしている紅秀麗を差し置いて。私の退官後、朝廷でどのような噂話が飛び交ったのか、朝廷で関わりのあった人物とずっと距離を置いてきた私は知る由がない。ただ、想像には難くなかった。酷い言われようを覚悟の上の、退官だった。これまでお世話になった、数多くの方々にも迷惑をかけることも分かっていた。
後悔はしていない。今の生活を失いたくもない。しかし、他にもっとやりようがあったのではないかと、たまに思うことはある。だが、今更何を思ってもどうしようもない。振り返らずに前を見続けることは難しいが、そう在りたいと思う。
「幸せですよ。大声で葵長官に自慢したいくらいには」
「…ほう?」
「うふ、いいもんですよ、家庭を守るっていうのも。葵長官もご結婚されてはどうですか?…いや何でもないです」
ウキウキしながら告げた言葉にじろりと冷ややかな視線を向けられ、口をつぐむ。本心なのに。葵長官は茶器に残っていたお茶を飲み干し、席を立った。彼好みに濃い目に淹れたこと、口には出さないがきっと気付いているに違いない。
「にしても今日は本当にどうしたんですか?まさか本当に私の腑抜け具合を確かめに来たんですか?」
「そうだ」
「…いや絶対嘘ですよね。まぁ、なんでもいいですけど…」
真顔で即答された返事を素直に信じることができない。まるで自分の邸のように廊下を闊歩する葵長官の後ろを歩きながら、この感覚が懐かしくて、にんまりと笑みを漏らした。あの頃とは立場が全く異なるが、やはり、彼の背中を追うことは私の幸福のひとつらしい。
軒に乗る直前、彼は私を振り返り、「清雅に」とだけ告げて一枚の文を差し出した。なんだ、これが本題か。
「分かりました。では、お元気で」
「あぁ」
葵長官が乗った軒を見送りながら、少し分厚い文が風で飛んでいかないように握りしめる。藍州へ行っていた彼が、貴陽で一番最初に立ち寄る場所がここであると、葵長官は読んでいるのだ。つまり、もうすぐこの邸の主人がここに帰ってくる。
「…相変わらず、素直じゃないなぁ」
葵長官も、清雅も。思わず浮かべてしまう笑みを抑えきれないまま、私は手紙を袂に仕舞った。戻って出迎えの準備をしなくてはと、邸に戻りつつ頭の中でこれからの算段を組んでいると、遠くから馬の走る音が聞こえる。半年ぶりに聞く、彼の愛馬の蹄の音に、葵長官はどこまで計算していたのかと目を丸くしつつ振り返った。
「…お前、外で何してるんだ?」
「ちょっとね。…おかえり、清雅」
「ただいま」
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